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    ~ふたたび惨禍を繰り返さないために~

    ~被災67周年~東京大空襲展

    特に規模が大きかった

    1945年(昭和20年)3月10日・・・

    「東京大空襲」

    毎年・この日の前後に

    浅草公会堂でその悲惨な情景を伝える

    貴重な資料の展示が行われます。

    (年度によって展示期間は異なります。)

    太平洋戦争の末期、

    1945年(昭和20年)3月9日の深夜、

    東京の下町一帯は天をも焦がす業火に包まれました。

    この日午後5時頃、

    マリアナ群島の米軍基地を発進した

    B29戦略爆撃機325機は、

    13,000発のナパーム焼夷弾を抱え、

    東京に向かいました。

    その狙いは、木と紙でできた家屋が密集する

    旧浅草・本所・日本橋を含む東部地区を

    焼夷弾攻撃で焦土と化すことだったのです。

    10日午前0時7分から

    午前3時まで続けられたこの大空襲で、

    10万人余りの死者・・・11万人余りの負傷者・・・

    そして家屋の焼失約100万戸という惨劇が生じました。

    広島・長崎の原爆による被害にも匹敵するものです。

    空襲は、軍事施設ではなく

    下町の人家密集地域を狙ったものでした。

    無数の市民が逃げ場を失い、炎に包まれて焼死し、

    身元不明のまま葬られました。

    まさに大量虐殺です。

    犠牲者の遺族はいまだに花を手向ける墓も持てず、

    毎年3月10日に墨田川べりを訪れ、

    当時をしのんで冥福を祈っています。
    この悲劇を2度と繰り返してはならないとの思いを込めて、

    東京大空襲資料展を毎年3月10日前後に開いてきました。

    <主催>東京大空襲犠牲者追悼記念資料展実行委員会

    当時身に付けていた衣類や物の展示

    疎開の様子・・・・

    空襲に遭った地域の地図・・・

    その当時を写したパネルの展示・・・

    今や戦争の知らない世代が8割。

    何事もなかったかのような平和な時代が訪れています。

    世代が交代して行くにつれて

    戦争体験者の話を

    直接聞く機会も少なくなってきています。

    このような展示は

    戦争の凄惨な記録を伝え

    戦争体験者のみならず、戦争を知らない世代へも

    二度と戦争体験を繰り返さず

    平和を願うことに繋がります。

    この絵をお描きになられた方が

    話をしてくれました。

    その方は当時15才だったそうです。

    今では・・・・

    スカイツリーのビューポイントとなっている

    あの橋も・・・

    空襲の直後・・・川は死人で埋めつくされていたと。

    今もその橋へ来ると

    この絵の光景を思い出す。

    そうおっしゃっておられました。

    一面焼け野原になった

    東京

    今も悲しい戦争の傷跡を伝える

    様々な物が・・・

    そしてそれを知る人々の記憶が・・・

    残っています。

    是非足を運んで

    自分の目で見て

    聞いて

    今一度多くの人に考えていただきたい。

    東京都台東区浅草1丁目38−6 浅草公会堂

    台東九条の会

    http://www.voi.co.jp/9jou/